先週の第二礼拝では加藤修三さんの説教を通して「イエス・キリストを信じるとはどういうことだろう?」という大切な問いを受けました。またちょうど合同学習会で「バプテスマの学び」が重ねられていますので、しばらく「バプテスマって?」という問いのもと、聖書に聴いていきたいと思います。
ところで、イエス・キリストを信じてクリスチャンになるに際して、「これはどうしても必要!」と求められる信仰は次のどれだと思いますか?
①イエスは神の子にして人の子であり、すべての人の救いである。
②聖書は一言一句誤りのない聖典である。
③聖書は人間によって書き記された書物であり、そこには多様な信仰が見ら
れるが、全体を通して、神の御心、神の愛が示されている。
④処女降誕は事実であり、イエスの奇跡はすべて事実である。
⑤わたしは神の御心に背いて生きる罪人であり、神の愛と赦しなしに生きる
ことができない。イエスの十字架は究極の神の愛と赦しの出来事である。
⑥クリスチャンにならなければ救われないし、死後、天国には行けない。
⑦最後に十字架と復活の主が私たちの不信を裁かれる。それゆえ私たちが先
走って「誰が天に上り、誰が地獄に下るのか」を語ることはできない。
キリスト教には多様な教派があり、右の項目について「統一見解」はありません。連盟の教会でも個々人でもさまざまです。牧師も「これが正しい教え」と自説を絶対化できない。一人ひとりが聖書に聴き、「わたしはこう思う、こう信じる」ことを分かち合いながら考え続けていくのです。ただ、バプテスマを受けた者として「キリストに沈められ、神に起こされて生きる」(ローマ六章)ことを日々祈り求めていく。ここにクリスチャンの歩みがあります。