先週の第二礼拝のユースによる会衆賛美リードでは、私たちの心の中を「天の喜びの風」がさわやかに吹き抜けるのを感じました。また午後の女性会ではソーラン節による賛美「人間を取る漁師に」が三階チャペルに弾けました。賛美に年齢は関係ないですね。賛美の恵みあふれる主日を感謝します。
「新しい歌を主に向かって歌え。主は驚くべき御業を成し遂げられた。」(詩編98・1)
この詩編が語る「新しい歌」とはどのような歌でしょうか。わたしの学生時代は「ニューミュージック」が文字通り「新しい歌」として時代を席巻しましたが、その後次々に「新しい歌」が生まれ。今や「ニューミュージック」は「昭和な人々の懐メロ」となりました。
それに対して、詩編九八編は「主の驚くべき御業」をほめたたえる「新しい賛美」を語ります。私たち人間が思いも及ばない「主の新しい救いの出来事」による賛美。それを今の私たちに重ねるなら、昨日も今日も明日も生きて働かれる主イエスが、私たちの間で起こされる「新しい救いの出来事」から生まれる「新しい賛美」のことでしょう。
また詩編九八編は「歌え!」という力強い呼びかけで始まっています。この呼びかけを受けながら、「ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである」(マタイ5・15)という主イエスの御言葉を想いました。「一人ひとりが主イエスから受けた新しい賛美を、礼拝堂の中にとどめることなく、この世界のただ中に出かけて歌っていこう!」という力強い招きを、今朝私たちは受けているのです。