使徒言行録は主イエスの命の言葉がパレスチナから世界に向けて「外へ、外へ」と前進していく物語です。命の言葉はユダヤ教の壁を壊し、異邦人とユダヤ人との新しい関係をつくりだし、教会の体質を変革していきます。キリストの言葉は私たちを新しい出会いに導き、私たちを新しい存在に造りかえる命の言葉だからです。この「外に向かう福音の矢印」をいただく私たち大井教会は、二〇二六年をどのように歩むべきか。今年も毎週、聖書に聴いていきましょう。
使徒言行録十五章「エルサレム会議」は、教会の福音理解が大きく変革されたエポック的出来事でした。それまで「救いにはイエスへの信仰と律法順守の両方が必須。異教徒が救われるためにには割礼を受けてユダヤ教徒になるべし」と信じてきた教会が、「救いに必要なのはイエスへの信仰のみ。異邦人は、割礼なしにバプテスマだけでキリスト教徒になれる」と語りだしたのです。
この福音理解は、教会の交わりを変革していきます。それまではユダヤ教の律法に従って「ユダヤ人/男性」が重んじられましたが、「キリストにあっては、ユダヤ人もギリシャ人も、自由人も奴隷も、男も女もない!」(ガラテヤ3・28)というパウロの福音理解に立つ教会が生まれていきました。
『現代聖書注解 使徒言行録』の著者ウィリモンは「エルサレム会議」は私たちに大切なことを教えていると語ります。教会内で論争を避けたり、意見の相違を覆い隠すのではなく、福音を信頼して論争や意見の相違と正しく向かい合う力を求めていくこと。安易に多数決によるのではなく「経験(証し)を聴きあう」「幻(聖霊)の啓示を大切にする」「聖書を開いて確認し合う」プロセスが肝要だと。さて、私たちは「エルサレム会議」から何を学びますか?