先週は毎週の奏楽奉仕が御言葉と祈りにより整えられ準備されている証しを聞きました。毎週の礼拝を、主の前に静まりひれ伏す礼拝、からだ全体で主の御名を心からほめたたえる礼拝としてささげていきたいと願います。
今朝、聖書から聴くのは、私たちの賛美は、礼拝に集った者だけの賛美で終わってはならない。「神の国の大群衆の賛美」につなげられる賛美、この世界で「苦難を生きる友へのエールの賛美」でありたいということです。
ヨハネの黙示録七章は「神の国の大群衆の賛美」を描きます。あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う大群衆が神とその独り子をほめたたえて歌うのです。実に圧巻です。その大群衆は大きな苦難を通り、その衣を小羊の血で洗って白くした者たちだと紹介されます。なぜ彼らは大きな苦難を受けているのか。それは、権力者が自らを神とし、自らの力を誇り、自らの栄光と誉れを欲する悪魔的な力が世界に吹き荒れているからです。その悪魔的な力は自らの支配への批判に容赦なく鋭い刃を向け、十字架のイエスを神の子と信じて「栄光と力は神のもの!」と賛美する者の口を封じようと躍起になるからです。
「しかし神は彼らの苦難の中に共にいましたもう。この世界でどんなに傷を受けようと、彼らは小羊の血で洗われ白くされた者たちである」と、黙示録は今、この世界で苦難を生きる友に天からのエールを送ります。
私たちは、今とこれからの世界に大きな不安を抱きながら歩んでいます。黙示録はその私たちを、小羊の救いを通して世界中のあらゆる人々が違いを越えて神をほめたたえる「神の国の大群衆の賛美」に招くとともに、私たちがこの世界で苦難を生きる友へのエールの賛美を歌いつつ歩むよう招いているのです。