パウロという人は「熱く、激しい人」でした。「不器用な人」だったのだろうなとも思います。「こう」と決めたら、どんな障害があろうと、激しく突き進む。「まあまあ、ここは折り合いをつけて」という言葉とは無縁だった人。
パウロは第二回伝道にあたって、恩人であり盟友であるバルナバとたもとを分かちます。原因はマルコを一緒に連れていくか否かで、二人の意見が激しく衝突したからでした。
確かにマルコはまだ若く、未熟だったのかもしれません。しかし、たった一回の挫折で「断罪」するのは厳しすぎるし、そのマルコのことで恩人であり盟友とたもとを分かつのはあまりにもったいないと思うのですが、「熱く、激しく、不器用なパウロ」は、どうしても許せなかったようです。
そんなパウロは周りの人々にとって「面倒くさく扱いにくい奴」だったことでしょう。しかし主なる神はそのパウロを用いて「善い業を始め」(フィリピ1・6)、福音の種を西へ西へと持ち運んで行かれるのです。
使徒言行録十六章は、パウロのフィリピ伝道によって小さな教会が誕生した報告です。しかし、当初フィリピは彼らの目指した町ではありませんでした。彼らの計画が次々に挫折し、頓挫する中で、仕方なく流れついたのがフィリピでした。しかもそこで待っていたのは、やくざの「言いがかり」と、不当な投獄と鞭打ちでした。しかし、そんな災難の連続の中に神は「善い業」を見せてくださり、そこに生まれたフィリピ教会は、終生パウロに喜びと感謝をもたらす存在となります。私たちもまた、不思議な「善い業」を始められる方に信頼して歩むように招かれているのです。