巻頭言「あけぼの幼稚園研修(福岡県小高伝道所)」古谷 真紀子

  高層ビルが立ち並ぶ仙台から常磐線に乗り、目指すは福島県南相馬郡小高区。車窓から見える景色はあっという間に田園風景に変わりましたが、その遠く向こうには海が見え、きっとこのあたりも津波の被害にあったのであろうことが想像できました。あれから一二年。この地に暮らす人々が、この地を故郷とする人々が、どれだけの悲しみと、苦しみと、痛みを背負ってここまで歩んできたのだろうかと思うのです。仙台駅から約一時間半。無人の小高駅で私たちの到着を飯島信先生が待っていてくださいました。「家が建っていて人が暮らしているように見えるけど、これは空き家。あれも空き家。ここも更地になった。」東京電力福島第一原発事故で全住民に出された避難指示は二〇一七年に解除されたものの、復興はまだ途上なのです。

  日本基督教団小高伝道所は原発から二番目に近い教会。最も近い浪江伝道所と隔週で飯島先生は牧会をされています。木造の教会に足を踏み入れると、2時46分で動きがとまった時計、その下には三月の予定が書かれた黒板がありました。教会と一体となっていた小高教会幼稚園。3・11当時の在園生や先生方の消息がほとんどつかめないまま廃園が決まっています。礼拝堂の奥に続く園舎には子どもたちの描きかけの絵や、持ち帰られることのなかった道具類などがそのまま残っていました。当たり前に続くと思われた日常が突然断たれたことを肌身に感じ、悲しみに襲われました。

  信徒はお一人。近隣の教会や幼稚園同窓生の方々が数名出席されている礼拝に加えていただきました。使徒言行録から宣教、召命について語られた飯島先生。「召命、即ち、神さまに召されるとは、牧師とか宣教師とか、そのような者になることだけではなく、今与えられている務めを通して、神と人に仕える、それが神さまに召されることだと思います。まさに、あけぼのが掲げる『暗い世に曙を告げる』働きを担う者となることです」「たしかなことがあります。私が、私たちが、この地での働きを選んだのではないことです。神さまが、私を、私たちを選び、この地に招かれたことです」との言葉が心に残ります。この地にもキリストによる希望の光が輝くことを祈らずにはいられません。

  神さまがなされようとしているその御業に与れる者となり、私たちに先立って歩まれる主イエスの後を追う者となれるよう、祈りつつこれからも与えられた働きを担っていきたいと新たな祈りをいただいた時となりました。