二月十一日は「建国記念の日」とされていますが、キリスト教界では「信教の自由を守る日」としています。かつての「大日本帝国」は、「架空の神話」に基づいた「紀元節」の価値観で国民を思想統制し、異を唱える者を「非国民」と排除し、戦争に突き進みました。一人ひとりが自由に考え、信じ、意見を表明できる。そこに平和の基本があると考えるからです。
平和を強く願い、「紀元節」復活の世論に深い危惧を示していた一人に、昭和天皇の弟である故三笠宮崇仁親王がおられます。三笠宮親王は一九四四年、陸軍将校の時に『支那事変に対する日本人としての内省』において次のように語っています。「軍人に欠如しているのは内省と謙譲である。『聖戦』とか『正義』とかよく叫ばれ、宣伝される時代ほど事実は逆に近いような気がする」。
また一九五九年には文芸春秋に『紀元節についての私の信念』を書いて、二月十一日を神武天皇即位の日として戦前の「紀元節」を復活させようとする動きを、歴史的根拠がないと厳しく批判しています。
「私はむしろ日本の建国を何年何月何日と規定することこそ、祖国の悠久の歴史をみずから否定し、なまはんかの外国かぶれをした論であると思う」。「架空な歴史―それは華やかであるが―を信じた人たちは、また勝算なき戦争―大義名分はりっぱであったが―を始めた人たちでもあったのである。もちろん私自身も旧陸軍軍人の一人としてこれらのことには大いに責任がある。だからこそ、再び国民をあのような一大惨禍に陥れないように努めることこそ、生き残った旧軍人としての私の、そしてまた今は学者としての責務だと考えている」。
日本の国に生きる一人として歴史に対する責任をいつも自覚しながら、聖書の主イエスに聴き従っていきたいと願います。