しののめを呼び覚ます祈り   加藤 誠

想像してみたいのです。まだ、大井教会の礼拝堂も幼稚園舎も何も立っていなかった65年前のことを。その3年前に現教会の土地購入が不思議な形で実現していたものの、戦争の焼野原の跡で、がれきを取り除く作業が必要な土地でした。教会は、池上通の向かい(現在のトップがある場所)の吉村氏のお宅を間借りして集会をしていました。礼拝に集う人数は60人ほど。その小さな群れに「幼稚園を始めよう」というビジョンが与えられます。お金はない。建物はない。教師になる人材もいない。

もし同じ提案が今の大井教会で出されたら、どのような反応が起こるでしょうか。「資金はどうするんだ?」「建物は?」「子どもたちを受け入れて事故でも起こったら?」。当時は敗戦直後で、すべて手作りが当たり前の時代であったゆえに可能だった面があるでしょう。しかし確実に言えることは、大谷賢二牧師をはじめ、教会員がみな真剣に祈り求めたということです。「主よ、御旨であるならば、必要なものを与えたまえ!」。自分たちの力では決してできないことを知っていた者たちが、祈りに熱く結集したのです。

 

「しののめ」とは、夜明け前にほんの少し暗闇が明け始めた空をいいます。ですから「しののめを呼び覚ます」(詩篇108・2口語訳)とは、「いったい、いつまでこの暗い夜が続くのか」と、人々が希望を失い、心が萎えている時に、「神さまによる新しい朝の到来を告げて、人々を励ましていく働き」と言えるでしょう。2014年の今、日本を覆っている闇の中に、わたしたちは何を見出すのか。わたしたちに求められている「しののめを呼び覚ます祈り」とはどのようなものか。今朝も聖書から信仰をいただいていきましょう。