巻頭言「主の計画のはじまり 広木 愛」

例年、大井教会では、一月二週目には新成人の方達と一緒に、礼拝をささげてきました。人生の節目のとき、教会で一緒に新しい門出をお祝いできるって素敵だなぁと思います。節目を迎える方たちがいろんな形で大井教会に繋がっているっていうことを覚えていきたいなぁと思います。

主が呼び集めて下さるそのコミュニティの中で、祈って新しいスタートを一緒に始めてくれる人たちがいるということを実感できるって教会の強みだなぁと思いました。

主が託して下さる新しい一年にも、私たちに「来なさい」と呼びかてくださっています。弟子たちに声をかけるイエスさまが「来なさい」って呼びかけてくださったのは、神殿(礼拝の場)ではなかったということに気がつかされました。イエスさまがここで招かれているのは、神殿ではない・・・ということは、教会がゴールではないということなんだろうと思います。イエスさまは、イエスさまご自身の日常の中で、神様の眼差しを感じながら、生活されておられ、そのイエスさまの生活を弟子たちと共有していたのだろうと思います。

 イエスさまが、「来なさい、そうすれば分かる」と語って下さることに、信頼を置いて「はい、そうですね」とついていくことができるのは、なぜなのか。その答えは聖書にしかないと思います。「初めに言があった」。言はイエスさまで、もう一度読んでみると、「初めにイエスさまがあった、イエスさまは神と共にあった。イエスさまは神であった。このイエスさまは、初めに神と共にあった」その約束があるから、そのイエスさまの言葉に信頼することができるのだろうと思います。イエスさまが見せて下さる日常に、神様が私たちに託して下さる計画に満ちていることを期待していきたいと思います。