苦水につかる一本の木   加藤 誠

1889年6月、新島襄が亡くなる半年前のこと。同志社英学校の卒業式で新島は最後の式辞を出エジプト記15章の「マラの苦い水」の物語を引用しながら次のように述べたと、卒業生の一人である柏木義円が記しています。

「諸君が我が校で学んだキリスト主義をもって社会に出るならば困難が横たわっている。忍びがたきことだが、諸君は枝を折り、苦水につかるのだ。苦水を甘水に変える一本の木であれ」。

1889年は大日本帝国憲法が発布された年であり、キリスト者の森有礼が国粋主義者に暗殺された年でもありました。新島は憲法発布を喜びながらも森の死に衝撃を受けます。同時に、そういう時代だからこそ「真の自由教会と自由教育」が車の両輪として必要であると説きました。そして大学設立趣意書にこう書くのです。「一国を維持するは、決して二三の英雄の力にあらず。実に一国を組織する教育あり、智識あり、品行ある人民の力に拠らざるべからず、これらの人民は一国の良心ともいうべき人々なり」。つまり、新島は卒業生たちに、「君たちが出て行く社会は、苦水しかない荒れ野のようなものだ。しかし真の自由を体得し、良心をもった一本の木として苦水につかりながら、苦味を甘味に変えていく働きをしてほしい」と語ったのでしょう。

 

わたしたちが生きる現実は、命の生存をおびやかす苦水があふれています。が、キリストはその苦水につかる一本の木として自らをささげられ、神はキリストを通して苦水を甘水に変えられます。「わたしはあなたをいやす主である」(出エジプト15・26)。日常生活でそれぞれ遣わされている場が、キリストに従う中に苦水が甘水に変えられ、主のいやしを体験する場とされますように。