御名を知らせる働き   加藤 誠

教会の暦では、クリスマスの四週前の主日からアドベント(待降節)に入ります。イエス・キリストの降誕を待ち望み、整えをいただくのです。今年のクリスマス委員会は「わたしは世の光である」(ヨハネ8・12)というイエス・キリストの言葉を掲げました。「すべての人を照らす、まことの光」(同1・9)として来られたキリスト。そのキリストから手渡された「希望」「平和」「喜び」「愛」に思いを集中させて、四回のアドベント礼拝をささげていきたいのです。

 

今、世界は「自国の利益第一」を掲げ、「移民を敵視してはばからない声」が非常に強くなっています。米国をはじめドイツやフランス、イギリスでも同様の主張をする政党が多くの国民の支持を受けていると聞きます。「自国の経済を犠牲にしても、他国を助けてはいられない。きれいごとは言えない」ということであり、人間の本能的欲望がむきだしになった姿がそこには見えます。

「わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます」(同17・26)。これはキリストが最後の晩に父なる神に祈られた結びの言葉ですが、わたしはこの言葉に「大きな希望」を覚えるのです。キリストの働きは十字架で終わったのではなく、キリストは今もわたしたちの間で「御名」(神がどのような方であるか)を知らせる働きを続けておられる。わたしたち教会も「聖書に証しされている神がどのような方であるか」を一生懸命に紹介しますが、わたしたちに先立ってまずキリストご自身が「御名を知らせる働き」を今も続けておられるのです。わたしたちがどんなにこの世の「闇の力」に飲み込まれてしまったとしても、「まことの光」であるキリストが御名を知らせ続ける働きを止めることはない。ここにわたしたちに手渡された「希望」があります。