巻頭言「種を蒔く人 加藤 誠 」

 十月二五日の礼拝では大谷レニー先生が「Time(タイム)」という題でメッセージを取り次いでくださった。

「はじめに、天地を創造された神さま。その神さまのもとで、すべてのことには季節があり、すべてのわざには時ある。一代過ぎればまた一代が起こる。けれどもイエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠に変わることのない方である」。レニー先生が新旧約聖書から引用された聖書箇所が一つにつながって、私たちに大切なメッセージを届けてくださった。

その結びで、大谷賢二先生の詩にレニー先生が曲をつけられた『伝道者の心』(新生讃美歌三七一番)という賛美歌をわたしは初めて歌ったのだが、レニー先生のピアノの弾き語りで皆で賛美した光景が今もふとよみがえってくる。

「いつも春に向かう開拓者ののぞみ いざイエスと共にゆこう

 信仰に立つとき いつも道がある いざイエスと共にゆこう

 いつも秋に向かう収穫者の喜び いざイエスと共にゆこう

 嵐の中にも 働きがある いざイエスと共にゆこう」

「春に向かう開拓者ののぞみ」も「秋に向かう収穫者の喜び」も、共にいく主イエスの信仰に支えられ、励まされ、賛美を与えられていくのだ。

マタイ一三章「種蒔きのたとえ」に出てくる「種を蒔く人」はちょっと変わった種蒔きをする。日本の農業では考えられないような大雑把で無責任な種蒔きである。けれどもここで、固く痩せた土地であり、実りの期待が薄い土地である「私たち」を前にしながらも、大らかに忍耐強く御言葉の種を蒔き続けておられる主イエス(種を蒔く人)の姿が見えてくるのである。