わたしの言葉で   加藤 誠

先週二十二日は、市川大野教会(中田義直牧師)の特別伝道集会での奉仕に送り出していただき、ありがとうございました。当日は悪天候にも関わらず、教会員が近隣の方や家族を誘い合って五十人ほどの礼拝でした。
市川大野教会は一九八四年に市川八幡教会から派遣された六名の教会員とハンキンス宣教師夫妻によって伝道が始まりました。最初期には建設会社の二階を間借りし、次には二階建てのプレハブで礼拝をした時期もあったとか。一九九四年に五十五坪の土地を取得し、米国南部バプテストのボランティアによって礼拝堂が建ちあがります。数年前に教会裏の土地を購入し活動スペースが広がりましたが、それまでは六十人入れば一杯になる礼拝堂と二階の約十畳のスペースを上手に工夫して、教会学校のクラスがもたれていました。今回も礼拝が終わると礼拝堂の中央にテーブルを出し、パイプ椅子を周囲に並べ替えて、愛餐会場に早変わり。限られたスペースのハンディをものともしない、バイタリティと笑顔あふれる信仰の交わりがそこにありました。

今週十月三十一日はマルティン・ルターが宗教改革を始めてちょうど五百年。ルターの最大の功績は、聖書をドイツ語に翻訳し、ドイツ語の讃美歌をつくり、ドイツ庶民が自分の言葉で聖書を読み、賛美し、折れるようになったことです。それまでの礼拝はすべてラテン語で、修練を積んだ司祭や修道士が歌う典礼歌によって進められ、会衆はその儀式を見守るだけだったのです。
会衆一人ひとりが神を礼拝する主体になる。一人ひとりが聖書から神の愛を受け取り、自分の言葉で応答する者とされる。ルターに始まった宗教改革の原点を覚えたいのです。