巻頭言「心に知恵を 広木 愛 」

 新型コロナウィルス感染防止のために、多くの教会で、動画配信サービスやネットミーティング機能を用いた礼拝や祈祷会をしています。

 インターネット・SNSを用いて、新しいあり方の可能性が広がる中で、そのSNSを用いて人の心を壊した事件もありました。生活を本来は豊かにしてくれるはずのツールが、指一本で人を励ますことができるし、人の命を奪うことができる時代に生きる私たち。聖書にSNSの使い方マニュアルがあればよいのですが、残念ながらそのような記述はどこにもありません。「心に神さまの知恵を与えられた者」として、わたしたちは聖書から聞いていくほかありません。

 神さまが知恵を授けてくれた「心」はただという意味だけでなく、「想い、意志、内なる人格」という意味の広がりがあるそうです。

奴隷として「モノ」化させられた人たちが命の息吹をいただき、主なる神からいただく命を大切に生きた物語が語られているのだろうと思います。つまり、神さまの働き、礼拝、共同体形成に「心に知恵を与えられた者」がすべて招かれているということです。

 神さまが心に知恵をくださるということは、わたしたちの内側に、神さまの息吹を吹き入れてくださるということだろうと思います。そしてその息吹は、日々新たにされているのだと、聖書はわたしたちに語り掛けてくれています。

これからくるであろうポストコロナの時代、どのように「聖なる交わり」を築くことができるのでしょうか。大井教会は誰に、何を語ることができるのでしょうか。今までの「あたり前」が崩された今だからこそ、これから何ができるのか、一緒に考えることができる豊かな時を主が下さることを願っています。