もういいかい?   広木 愛

「あなたがたのために天に蓄えられている希望に基づくものであり、あなたがたは既にこの希望を福音という真理の言葉として聞きました」(コロサイ1・5)

 

 多くの人の命が犠牲になった戦争から、72年目の夏が終わろうとしています。ミッションスクールが、これまでいくつかの戦責告白の言葉を紡ぎだしました。キリストの福音を基盤に教育を行ってきた学校が、多くの学生を兵士として、勤労動員として送り出しました。その事実を受け止め、責任を言葉化しています。戦争の痛みを通して、もう一度聖書から福音をいただき直しキリストの福音に基づいた教育に集中したいという願いと神さまへの約束の言葉が与えられているのだと思います。

 私たちがいただいている福音は、いのちをいただく希望の言葉です。イエスさまが大切になさったことを、パウロは、しっかりと引き継いで宣教の働きをになっていたことがわかります。「もうだめだ・・・、助からない」そんな思いを超えて、「騒ぐな。まだ生きている」と希望の言葉を語ります。「もう、そんな命助からないよ」「今さらあがいても、何もかわらないよ」「諦めなさい」戦争中も、今も、考えることを諦めて、時代の流れに身を任せてしまいそうになるわたしたちです。

 わたしたちの周りには、多くの誘惑があります。イエスさまの福音にとどまるよりも、もっとたのしいこと、楽なことが目にとまります。そんなとき、誘惑は、「もう諦める気になったかい?――もう、いいかい?」と呼びかけてきます。その時、わたしたちは、イエスさまのいのちにしがみつき、「まだ諦めない、ま~だ、だよ」と声をあげていきたいのです。