「かち組」と「まけ組」   広木 愛

 安息日を守ること。律法を守ることは、大切なこと。「安息日を心に留め、これを聖別せよ」(出エジプト208)。安息日を守ること、律法を守ることが一番大切であるという社会の決まり。その決まりの中で、弟子たちは麦の穂を摘んで食べています。ファリサイ派の人たちからみると、ルール違反。ユダヤ教の中で「勝ち組」にとどまり続けるかが、神からの祝福に与る最重要事項と考える人にとっては、安息日に自由に麦の穂を摘むことは、律法を守れない「負け組」が行うことと考えられています。

 イエスさまは、喜んで「負け組」であることを受け入れます。律法を守ることよりも、神さまが喜ばれるものは、人が安息日を守ることに縛られるのではなく、六日間の労働の疲れから命の元気を回復するための「聖なる断絶」。イエスさまは、人のためにある安息日として大切にしたいという「価値」を見出していたのだろうと思います。

 イエスさまが大切にしていたのは、神さまが人の命を一番に守ろうとした「価値」観にとどまり続け、周りからいくら「負け」組と言われても、イエスさまは、その「負け」を神さまの価値観を弟子たちと一緒に「蒔け(蒔く)」へと変換して福音宣教の働きに仕えていたのだろうと思うのです。

 イエスさまの「価値」にとどまり、その「価値」を聖書から「蒔き」続けていただくわたしたちは「勝ち組・負け組」ではなく、「価値組・蒔け組」に留まり続ける者でありたいと願っています。

 

 「わたしの目にあなたは値高く、貴く、わたしはあなたを愛し、あなたの身代わりとして人を与え、国々をあなたの魂の代わりとする。」イザヤ434