「欠けの器として生かされるめぐみ」 広木 愛

「闇から光が輝き出よ」と命じられた神は、わたしたちの心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいました。(第二コリント4.・6)
9月3日に教会の祈り、全国からの祈りのうちに就任式感謝礼拝をいただき、ここまでの歩みが多くの祈りの中で守られてきたことを感謝します。
就任式の中で按手の祈りの言葉に思いを馳せながら、責任の重さと、主の計画の前に立たされる畏れを覚えます。就任式に与る中、4月からの5ヶ月、新しい環境に慣れることに精一杯で、時間の流れに身をゆだねすぎていた自分と向き合わされました。そして、祈りの言葉からわたしの賜物とはなにかを思いめぐらす時をいただきました。
大井教会の一人ひとりの心から奉仕に向かう姿を通して、「なぜ、今ここにいるのか」、「わたしの精一杯でなく、神さまへの精一杯ができているだろうか」など、献身を決意して送り出されたときのことをもう一度思い出す時が与えられました。わたし一人の賜物は、それだけではなんの価値もないけれども、共に働く仲間の賜物と出会うとき、神さまは用いて下さるのだろうといのり、主の働きを求め続けることしかできないと思います。
「三つよりの糸は切れにくい」(コヘレト4・12b)。母教会、研修教会、そして招いて下った教会があることの恵みをいただき、その中で練り崩され、ととのえられていくことを願うものでありたいと思います。かけとヒビだらけの未熟な器を忍耐と祈りをもって迎えてくださった大井教会のみなさまと、主の導きの中を歩むことがゆるされた幸いを受けて、その恵みに応答する歩みを一歩一歩進めてまいります。